泣くに時あり、笑うに時あり。 嘆くに時あり、踊るに時あり。
〜コヘレトの言葉(聖書 伝道の書 三章四節)〜
練習日誌の執筆をご依頼くださったTさんに、事前の文面チェックをお願いしました。すると「私がいろいろ心配する必要のある方ではないと思っています」というお褒めの言葉(?)と共に、「それとも結構攻めた文章で大ウケ狙っていたりして(笑)」という鋭い突っ込みをいただき、ドキッ。(そもそも、このやりとりを露呈してよいものか……やはり私はTさんチェックが必要な人間なのです。)
練習時に入手した「陽ちゃんといっしょ」のDVDを流しながらこの文章を書いています。贔屓目ならぬ贔屓耳かもしれませんが「インパ」の英語は素晴らしかったと思います。「法政アカデミーは英語曲が上手い」という評価を得るのが私のささやかな夢なのですが、ひょっとすると、この夢はすでに実現しつつあるのかもしれません。
合唱をしていて痛感するのは「人間は一人では何も出来ない」ということです。合唱団は共同体みたいなものですからね。私のような故郷喪失者は、だからこそ合唱が止められないのだと思います。元幽霊団員&途中退団の私を受け入れてくださった皆さまに感謝の気持ちで一杯です。おかげさまで、私は「青春の続き」を楽しんでいます。
前回の練習までは英語のフレーズが含まれている歌(Sweet…)があったので、多少は貢献の余地があったのですが、今回は完全に日本語の曲。英語が無いと私はただの「楽譜と空気が読めなくてオドオドする新米バリトン」になってしまいます。武器の英語を失った私は 「足を封じられた周東」といったところでしょうか。「闘志を失った松岡修造」の方が分かりやすいかな?(笑)
しかも、「中途半端な完璧主義者」の私は、音取りの遅れを取り返すべく「やさしい魚」の楽譜を持って外出した帰りがけに、酔っぱらって楽譜の入ったかばんを居酒屋に忘れるという失態を演じてしまいました。そして、楽譜が戻ってきたのは練習前日。音取りが5曲中1.5曲くらいしかできていない状態での練習参加となってしまったのです。恥ずかしいので、この話はどうか団員の皆さんには言わないでくださいね。(ん?)
まあ、終わったことは仕方ないので、次回の練習までには5曲全ての音取りを完了させます。
練習は北條先生の発声練習からスタート。ストレッチなどの具体的な動きを取り入れてくださるのでとっても分かりやすかったです。私は何をするにしても力む癖があって、特に高音は首や目の周りに力が入って怖い顔になりがちなので今後克服していきます。そして、理解が追いつかなかったのが「息を吐き出す時(=声を出す時)にお腹周りが凹むのか膨らむのか」問題です。昔から気になっている未解決の悩みなので、今後研究していきます。
続いて、「やさしい魚」のアンサンブル。Sさんにご配慮いただき、前回に続いてお隣で歌わせていただくことに。唯一音が取れていた「感傷的な歌」も、「4/4+3/4の変拍子」と「ピアノのアルペジオ」と「歌のリズム」がまだ自分の中で統合できません。「中途半端な完璧主義」がここでも頭をもたげて色々な音源を聞いて研究したのですが、未だ解決せず。
しかし、私の課題は仕事でも趣味でも「70%〜80%の理解で先に進むこと」なので、この「変拍子がしっくりこない問題」はいったん封印します。次回の練習までは音取りに集中します。
「ジョギングの唄」はこの曲集の中で最も好きな曲です。音取りは半分くらいしかできていなかったのですが、「自信なし雄」の私にしては思い切って歌ってみました。NLP心理学の「失敗はない。フィードバックがあるのみ。」という前提を心の支えにしつつ。
残り3曲は全く音が取れておらず、残念ながら聴いているだけに終わりました。幸い、巨瀬先生のピアノ演奏の素晴らしさを目の前で体感する絶好の機会にはなりました。(傍観者みたいでごめんなさい。)
ちなみに、私の記憶が正しければ、北條先生から「ベースの雰囲気が良い」と声をかけていただきましたよね? 練習中に話をするのは指揮者の邪魔になる可能性があるので基本的には控えるべきなのかもしれませんが、気になったことを率直に伝えあったり、理解があやしい点を質問できる自由な環境が私は好きなんです。
このあたりの私の言動は、アメリカで合唱とオーケストラを経験したからなのかもしれません。皆さんにご迷惑がかからないように配慮はしますが、自分の「そそっかしさ」や「図々しさ」という個性を消し過ぎないようにしますね。
「やさしい魚」を歌うのは今回が初めてですが、学生時代に先輩たちの演奏旅行のカセットテープを繰り返し聴いていた想い出の曲です。当時、私の車でこのテープを延々と聞かされた「被害者」も少なくありません。「音楽を変えてくれー」という友人の叫び声をこの原稿を書いていて思い出しました。(苦笑)
1988年3月の演奏旅行4ステージの中でも「混声合唱のためのうた」と「やさしい魚」が私は特に好きでした。一年遠回りして大学に入った私は「ストレートで入学していたらこれらの曲をステージで歌えたんだなあ」などと29期の皆さんをうらやむ気持ちを抱えていたのですが、一年遠回り(アメリカ留学)をしたおかげで英語という「武器」を手に入れたわけですから、これも「定め」なのでしょう。すべてのことには意味があり、すべてのことには必然の時がある。今はこのように考えています。
今回やっと「やさしい魚」にめぐりあえました。そしていつか「混声合唱のためのうた」もなんらかの形で歌うことになる気がします。
歌うに時あり。
その「時」を、楽しみに待ちます。
新米バリトン じ〜ま(30期)
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